タイにも日本にない「ステレオタイプ」がある。たとえば、今回取り上げるオイさん夫婦のような生活の仕方だ。彼女たちはタイ東北部出身で、2人の子どもは夫の実家に預けている。
本当の東北部のステレオタイプは「妻の実家に預ける」だが、オイさんの母親は性格的なものもあって、子どもたちは夫方にいるのである。そんなタイ東北部からの出稼ぎ夫婦の生活を垣間見てみよう。
そもそもタイ東北部の出稼ぎ夫婦にあるステレオタイプとは?

今の日本では基本的に子どもは自分たちで育てるが、タイの地方出身者の多くは実家に預ける。
近年は自分で育てるケースも増えつつあるし、バンコクなら子どもを手元に置くということも一般的になってきたものの、今もまだ子どもを親に預けることもまたよくある。
これにはさまざまな事情があるものの、そもそも出稼ぎに出ているわけで、夫婦共働きだからということが大きい。高学歴で大手企業勤めなら共働きでも子どもを幼稚園などに預ける収入的余裕があり、少なくとも週末は一緒に過ごすことができる。
しかし、地方からの出稼ぎ労働者は高学歴ではないケースが多い。
これはある意味タイの社会問題で、農家の収入はかなり少ないため、子を学校に通わせることが難しいことと、教育水準の格差が地域ごとに大きい。
なんらかしらの収入があれば子どもを学校に行かせることもできるが、そうでない世帯も少なくないのだ。
そうなると、出稼ぎに出ても高収入の職に就けない。
オイさんの場合、夫婦とも製造業に従事しているので夜勤があり、平日日中でさえ子どもを見ることができないという問題を抱える。
ただ、昨今はタイの地方でも都市部であれば大きな工場があったり、商業施設も大きなところがあるので、県内で就業できるチャンスも増えた。
しかし、オイさんは「福利厚生が出身のナコンラチャシマー県よりはチョンブリー県のほうがいい」ということで、子どもを預けての出稼ぎを選んだ。
とはいえ、世帯収入はタイ平均を超えている

タイ統計局などがまとめるタイの平均世帯収入は2023年で月2.9万バーツほど。
これは世帯収入であり、所得分布を見ると2万バーツを超える月収がある人はかなり少ないのがタイの現実だ。
極端な格差社会であり、1万円と100万円を稼ぐ2人を並べて平均収入がおよそ50万円もあると解釈するのと同じことだ。
その事実を踏まえれば、オイさん夫妻は夫の収入やボーナスがそこそこいいことから、世帯収入は平均値を十分に超えている。それでもさすがにメイドさんを雇ってずっと面倒をみてもらうような収入ではないので、シフト制の職業であることを考えると、どうしても子どもを手元に置くことができない。
また、タイ人の出稼ぎ労働者の大半に共通するのは「いつか地元に帰る」というつもりでいる点も大きい。
タイ人は日本人のように早いと40代にはリタイヤしてしまう。
出稼ぎの人もとにかく働けるうちに稼いでお金を貯め、なる早で帰郷することを望んでいる。
そうして、今度は子どもたちが出稼ぎをして、養ってもらいつつ、その子どもたち(つまり孫)を自分が実家で面倒をみてあげる。
近年はある程度いい稼ぎがあって、その子どもたちを出稼ぎに出させない、あるいは子どもが若いうちから少ない収入で自分たちの面倒を強制的にみさせないことで、それによる貧困の負のスパイラルから抜けている世帯も多い。
オイさんたちも子どもたちを大学には行かせて、そのスパイラルから抜けることが理想形だ。
住まいはさらにシンプルにした

動画で紹介した部屋はわりと最近になって引っ越したところだ。
それまでは、この敷地の隣にある住宅地の平屋の一軒家に住んでいた。
いっても、バンコクの同規模の家よりは断然安い。
しかし、夫婦だけで暮らすのならそんなに部屋数はいらないということで、もっと安い1Kの部屋に移った次第だ。
確かにふたりではそれでいいし、実際にその部屋を見るとそれなりに広く、天井高もあって、家賃以上の過ごしやすさを感じた。
長屋なので左右に数軒ずつ部屋があるものの、おそらく大家さんが所有する広大な土地の一部を賃貸に出していると見られ、目のまえに緑も多くて空気もいい。
もちろん、地方の、県庁所在地よりもずっと遠くにあるので、公共交通機関はないに等しい。
仕事は近くに送迎バスが来るので問題ないものの、休みの日や日常生活には少なくともバイクがいる。
飲食店も食材購入も市場に行く必要があり、それがやや離れているので大変だが、慣れれば問題ない。
このように、ある程度意図的に質素に生活することで、子どもたちの生活や自身の老後のため、余った分は貯金に回している。
楽しみは年に2回の長期休み
なるべく早く帰郷したい夫婦だが、先述のように2人の子どもが大学を出るまではがんばらないといけない。
すると、あと10年はこの生活をしなければならない。
少なくともそのころには子どもが成人しているし、オイさん夫婦もちょうど40代になっている。
昔から続く、ステレオタイプの出稼ぎ夫婦像そのままだ。
この夫婦の住まいのエリアや形態、ミニマムな生活は、日本人が同じことをタイでするのは難しい。
タイ語ができるかどうか、タイの文化をどこまでわかっているか。
それから、地域住民がそれを理解してくれるかどうか。治安の問題もあろう。
もしこういう生活をしたいなら、週末に疑似体験するのはどうだろう。
たとえばディアライフで安全な部屋を借り、週末に農業体験ができる施設などに足を運ぶ。
ここ10年くらい、バンコク出身者がそういった生活を体験するための「ホームステイ」と呼ばれるジャンルの宿泊施設が地方の農村や漁村にあるのだ。
オイさん夫婦は年末年始、タイの旧正月である4月のソンクラーンだけが実家に戻るチャンスだ。
それを楽しみに日々働いている。
とはいえ、タイ人らしいミニマムな生活をしているので、実際、今帰郷してもそれはそれでやっていけるのではないか、という強みも夫婦から感じた。