前回は、タイと日本における相続税の具体的な違いについてご説明しました。
今回は、相続においてカギとなる「遺産管理人」について、任務の範囲や重要度の度合いなど両国の違いを見た上で、タイでの遺産管理人について説明します。
「遺産管理人」とは?
そもそもタイにも日本にも存在する遺産管理人とは、どういった制度なのでしょうか。
日本における遺産管理人とは、相続の手続きが開始されてから遺産分割が終了するまでの間、その遺産について必要な管理や保存を行う者のことを指します。
この期間、裁判所からの許可を得ずに勝手に遺産を売却するなどの処分行為は認められていません。
一方でタイにおける遺産管理人とは、遺産についてその管理や分配のために必要となる行為について義務と権利を有する者のことを指します(民商法典、以下「本法」1719条)。
つまり日本とは違いタイでは、遺産を処分するという行為を含めて、遺産の管理や相続において必要となる手続きを相続人に代わって行うことが可能です。
また遺産管理人選任の仕方についても、日本とタイではその方法に少し違いがあります。
日本の場合、相続人とその利害関係者、または検察官の申し立てによって家庭裁判所が遺産管理人を選任します。
タイでは遺言に基づきもしくは裁判所の命令に基づき、裁判所の手続を経て選任されます(本法1711条、1713条)。
相続手続きを行うために必要不可欠のように思われる遺産管理人ですが、実はどちらの国においても、その選任が法的に必須とされているわけではありません。
しかしながら、実際のタイの相続手続では遺産管理人が必要となります。
なぜなら銀行口座の解約や土地局で所有権移転登記を行う場合など、実際に手続きを進めようとすると遺産管理人が選任されていないと手続が進められないからです。
明確な「遺言」があった場合でも、タイでは遺産管理人の選任が必要不可欠
たとえタイにある遺産について明確な「遺言」があり、それぞれの遺産の相続人や分割方法が的確に指定されている場合でも、遺産管理人の選任が通常必要です。
これは上述のとおり、実際に手続きを進めようとした場合に、各役所や銀行などの機関の多くで裁判所による遺産管理人選任についての決定書の提出が求められるからです。
被相続人がタイ人、日本人をはじめ外国人であるかは関係なく、手続に際して裁判所の遺産管理人選任についての決定書の提出を求められることが実務上一般的です。
「遺産管理人」選任と手続き
遺言において遺産管理人を選任する場合、被相続人自身により遺産管理人となる者を直接指名するか、もしくは遺産管理人を任命する者を指名して、その任命された者によって遺産管理人を選任します(本法1712条)。
ただし、この場合でも、裁判所によってその者が遺産管理人としてさらに選任される必要があります。
つまり、遺言で遺産管理人の選任がある場合でも、遺言がない場合でもいずれにせよ裁判所での手続きが必要となります。
①未成年者もしくは②心神喪失者または準心神喪失者と判断された場合もしくは③裁判所から破産宣告を受けた場合、その者は遺産管理人になることはできません(本法1718条)。
これ以外の者であれば、誰でも遺産管理人として選任されることは可能であり、もちろん日本人をはじめ外国人であっても遺産管理人となることはできます。
また相続人の親族などである必要なく、血縁関係が無くても遺産管理人となることができます。
もっとも遺産管理人は選任された後、実際にタイの役所や銀行での手続きを進めることになるため、外国人であっても遺産管理人となるのはタイ語がよほど堪能な場合でなければ相当難しいのではないかと思われます。
そのため、日本人以外に相続人がいない場合や信頼できるタイ人の知り合いがいない場合などには、遺産管理人選任の申し立て手続きを依頼している法律事務所のタイ人弁護士に、遺産管理人への就任を依頼することが多いと思われます。
タイでの相続手続きにおける注意点
タイの遺産管理人は、遺産の管理や分配において大きな権限を有します。
そのため、信頼できる者にその管理を依頼することが必要です。
遺産管理人の選任手続きを相続人だけで行うことは現実的にかなり難しいため、通常タイの法律事務所に依頼することになります。
資格保有者であるタイ人弁護士であれば、誰でもいいというわけではなく、何箇所か法律事務所をまわりきちんと説明を聞いて納得できる法律事務所や弁護士に依頼するべきでしょう。
遺産管理人選任申し立ておよびその後の相続手続きに関する費用は法律事務所により異なってきます。
例えば、日系の法律事務所を選ぶ場合であれば、少なくとも30万バーツ程度はかかることが多いようです。
タイにどれだけ遺産があるのか、それに対して相続手続きを進めるための費用がどのくらい必要なのかなどを比較考慮し、遺産管理人選任の手続きを行うか検討することをお勧めします。
TNY国際法律事務所
日本国弁護士・弁理士 永田 貴久
TNY国際法律事務所
日本国弁護士 藤原 杯花
タイ、ASEANの今がわかるビジネス・経済情報誌『ArayZ』